いじめによる相次ぐ自殺は生徒にとどまらず教師や校長にまで及んでいます。これに履修不足問題も加わりで、閉鎖的な教育現場で起きている問題が一気に吹き出ています。
政府の教育再生会議は、各分科会が始動していますが、「教育委員会のチェック機能が働くようあり方について早急に議論する必要がある」と、教育委員会の強化がスタートしそうな様子です。
しかし、中央の関与を強化することでは、教育現場で起きているさまざまな問題の解決はむしろ遠ざかるものと思います。
2002年教育改革スタートし「生きる力」が大方針として掲げられ、受験戦争、いじめ・不登校、自然体験不足など、行き詰った教育を何とかしようと新たな試みが提案されました。
そのために「学校5日制」「少人数学級」「総合的な学習の時間」「学習内容の3割削減」「通知表の相対表から絶対評価へ」と次々と新しいやり方で教育改革がスタートしたのです。
それから4年。しかし、まだ結果は出ていません。一つ一つが実施できても、相対的に受験戦争がどう解決されているのか、絶対評価と受験の評価の問題も混乱したままです。”成果主義”が問われているため、” 責任の当てこすり”がうまれています。
先日の私のブログにも書きましたが、政府主催の タウンミーティングの”偽装””やらせ”が報道されています。教育基本法改正にむけて会場発言として、賛成の立場で発言するようにシナリオまで出されていたのです。
これまでの「パブリックコメント」「パブリックインボルブメント」「公聴会」「説明会」でも同質であると思います。プロセスのみ整えたという体裁です。
いじめ問題の報道では、誰かだけをセンセーショナルに追及している場面が出ていますが、それも少し違うかなとも思います。人はこれまでも多人数の中で、いじめる側になったりいじめられる側になったり、その中で反省し出直し、もまれながら、自律心が養われてきたものです。それぞれの立場でどういじめを繰り返さない取り組みをしたのか、教師集団は、親は、生徒は・・・そして教育委員会は・・・。
どうして自殺にまで追い込んでしまったのか、「いじめ」の問題を自分たちが考えることが重要でしょう。いじめの現場にいた自分はなにをしたのか、何をしなかったのか、なぜできなかったのかなど、考えることで自律の心は生まれるでしょう。
中央から指導して解決しようとするのでは、何時までたっても現場の問題は解決しないし、「解決する力」は醸成できません。今大切なことは、各現場で起きていることを各現場で問題を掘り下げ解決できるよう、各現場の自己決定権をもつことだと思います。・・教科書、制服、きまり、など各学校の運営を地域と共に決定し、責任を持って実践できる体制こそ必要でしょう。
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